東京オリンピック ボランティアは”やりがい搾取”なのか? ロンドン、リオと比較・検証してみる

最近ワールドカップの記事ばかり書いていたので今回はオリンピックについて。
早いもので2020年の東京オリンピック開催まであと2年。
色々不安はありつつも準備が進んでいるわけですが、度々話題に上るのがボランティア。
得にネット上では交通費や宿泊費まで自腹ということで「タダで人をこき使おうとしている」「やりがい搾取だ」などと否定的なニュアンスで語られることが多くなっています。
そこで本当に東京オリンピックのボランティアの条件がひどいものなのか、批判されているポイントを整理しつつ直近のロンドン、リオオリンピックの時と比較し、”やりがい搾取”といった批判が妥当なのか考えたいと思います。

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批判されている理由

  • ただ働き(無給)
  • 最低十日の活動期間+研修という拘束期間の長さ
  • 仕事が重要すぎる、求められる能力が高すぎる
  • 人数が多すぎる
  • 資金は十分にあるから有償で雇えばいい
  • 商業イベントでボランティアを使うべきでない

インターネットや一部メディアで非難囂々のボランティア条件ですが、批判されている点をまとめると大体上のようになっているようです。
では、これを踏まえて東京、ロンドン、リオそれぞれの募集要項を見てみましょう。

東京、ロンドン、リオ各大会のボランティアの募集要項

大会 東京 ロンドン リオ
人数 大会ボランティア8万人
都市ボランティア3万人
大会ボランティア7万人
都市ボランティア8千人
大会ボランティア5万人
シティ・ホスト1,700人(有償スタッフ)
活動期間 10日以上(都市ボランティアは5日以上)
オリエンテーション1回、研修3~4回
2週間程度(都市ボランティアは6日)、研修 10日以上+3日間の研修
活動時間 1日8時間程度(都市ボランティアは5時間程度) 1日8時間程度(都市ボランティアは1日5時間) 1日8時間程度
交通費・宿泊費 自費(滞在先から会場までの移動については一定額の物品(プリペイドカードなど)が支給される) 自費(大会区域を自由に移動出来るフリーパスを支給) 自費
食事 1日1回分を支給 シフト毎に飲食用のクーポンを支給 1日1回軽食支給
仕事内容 案内、競技、移動サポート、アテンド、運営サポート、ヘルスケア、テクノロジー、メディアなど 案内、競技サポート、通訳、ドライバー、ドーピング検査のサポート、運営など カスタマーサービス、競技、メディア、運営サポート、通訳、ヘルス・サービス、テクノロジー、運転など

大体以上のようになっています。
ざっと見ての印象ですが、条件面はそれほど変わらないようです。
目立つ違いは人数くらいで、他は無給、拘束時間、経費、食事、仕事内容どれも大差はなさそうです。
恐らくはIOCの方で基準を定めるなり組織委員会で過去の大会を参考にするなりしているはずなので、あまり変わらないのは当然とも言えますが。

一方同じく日本で行われた長野オリンピックでは宿泊費が出ていたのでその時から後退しているという指摘もあります。
ただ冬季と比べ夏季は大会の規模が大きくボランティアの数も多いという事情は考慮すべきでしょう。

個人的見解

というわけで以上の比較を踏まえて個人的な意見を述べます。
批判の中には理解できる部分もありますが、正直かなりの部分が感情的で行き過ぎていると感じています。
色々な批判に対して一つ一つ検証してみようと思います。

  • 無給である、タダ働き

まず他の大会と条件面でさほど変わらない点から特別東京オリンピックの待遇が悪いわけではないという点は既に述べました。
無給なのは過去の大会も同じですし、日本政府のせいであるとか日本がブラック労働文化だからといった批判は完全に的外れです。

そして「やりがい搾取」「タダでこき使う」という点ですが、そもそも自発的にやってるボランティアにこの批判は当たらないんじゃないかと思います。
後になって条件を変えたとか無理矢理やらせたりというならともかく、それをわかった上で応募している以上は搾取でもなんでもなく、割に合わないと思うならやらなければいいだけの話です。

「海外ではオリンピックは無償とは限らない、ボランティア=無償というのは日本人に誤って植え付けられたイメージだ」という声もありますが、それもどうかなと思います。
“Volunteering is generally considered an altruistic activity where an individual or group provides services for no financial or social gain “to benefit another person, group or organization”.”
英語版のwikipediaを見ると「ボランティアは一般的に経済的、社会的利益のためでなく他の個人やグループ、組織のために奉仕する利他的な活動と考えられている」と書かれています。
つまりボランティアの本場においても”ボランティアは無償”というイメージが一般的ということです。
有償のボランティアもあるにはあるでしょうが、僕が見た限りでは日本に限らずネットでのボランティア募集なども無償のものが圧倒的に多いです。
あるないで言えば日本でも有償のボランティアが全くないわけではないですし、その点で彼我に大きな差があるとは思いません。
実際海外であるロンドン、リオでもボランティアは無給ですし食事交通費についても特に変わりません。
そもそも謝礼の有無に関わらずボランティアをする動機というのは基本的に金銭以外の何かになるわけで、それに対して金銭面で善し悪しを語ること自体あまり意味がないと考えます。

  • 「求められる能力が高すぎる」「ボランティアには重要すぎる」「プロには相場の報酬を払うべき」

「ブラック企業?!オリンピックのスポーツファーマシスト募集要項がひどすぎる」
上は一般向けの大会ボランティアとは別の、スポーツファーマシストへの募集に対するアンチ・ドーピングを扱っているブログの記事ですが、
「専門の職能まで自腹切って提供して下さいというのはボランティアの範囲を超えていないでしょうか。」といった批判が展開されています。

これについては単純にボランティアに対する理解不足から来る批判で、少なくとも世界的にはそんな決まりはありません。
こうした批判の背景には「ボランティアには素人が能力の低さ故にタダで行うもの」というイメージがあると思われますが、実際には必ずしもそうではありません。
専門家が無償で自らの専門知識を提供するというのはそう珍しいことではなく、専門家によるボランティアを日本では「プロフェッショナル・ボランティア」、英語で「Skills-based volunteering」と呼びます。
似たような意味でラテン語から来ているプロボノ(pro bono publicoの略、公益のためにという意味)という言葉もあり、例えばアメリカでは弁護士は年に50時間以上プロボノ活動を行うことが推奨されており、日本でもこうした動きは広まっています。
飛行機で体調を崩した乗客をたまたま乗り合わせた医師が診ることがありますが、職務の範囲でないのでこれも一種のボランティアと言えます。
従って別に専門職に無給のボランティアをさせてはいけないということはなく、あくまでその人個人の判断になります。
そもそも「同じ薬剤師が奴隷のような扱いをされるのを黙って見過ごすわけにもいかず」と、まるで強制的にやらされる前提のようになっていますが、volunteerは「自発的」という意味でしかなくその人がやりたくないと思えばやらなければいいだけの話で、仮にやりたいという人がいるのであれば他人が横から口を出して否定することでもないと思います。

  • オリンピックはもはや商業イベントだからボランティアを募集すべきではない

商業イベントでボランティアを募集してはいけないという決まりはありません。
確かにボランティアと言えばNPOなどが一般的ですが、例えばJリーグの各クラブや先のロシアワールドカップでもボランティアが活躍しています。
無給でもオリンピックやワールドカップのような大規模なスポーツイベントに関わりたいという人もいるはずで、いたずらにそういった人への間口を狭める必要もないと思います。

  • オリンピックは数千億のスポンサー料を集めており、資金には余裕があるから有給で人を雇えばいい

これについては微妙な所で、日本ほどではないにせよ他の国でも批判はあります。
同じ期間にIOCの役員は数十万、数百万の手当を受け取っているのにほとんどのボランティアは無給、交通・宿泊費を含めると赤字というのはバランスが取れていないのではないか、というわけです。
リオオリンピックは最終的に赤字になってますし言うほど運営側に余裕があるわけではないと思いますが、この批判に関しては理解できる部分もあります。
ただそれも基本的にはボランティアをする側が納得してればいいかなと僕は考えています。
無給のボランティアの方が採用のハードルは下がりますし、例えば通訳などでプロとしてやっていける程ではないけれど実践的な場面で通訳をしてスキルを磨きたいと考えている人にとってはそうした募集があるのはいいことのはずです。
ボランティアを雇いたいという運営側とボランティアとして参加したいという応募者の希望が合致し、Win-Winの関係が成立しているならそれでいいと思います。

批判される背景

東京オリンピックボランティアの条件は過去の大会とそれほど変わらず、批判の中には誤解から来るものも少なくないことがわかりました。
では何故日本ではオリンピックボランティアがこれほど激しい批判を受けるのでしょうか。
僕は大きく二つの原因があるのではないかと思います。

  • ボランティア文化の浸透度の低さ

一つには日本におけるボランティアというものがあまり浸透していないせいだと考えられます。
先のアンチ・ドーピングブログには「タダ働き大好きの日本人」と書かれていますが、少なくともボランティアに限ってはそれは当てはまりません。
ギャラップ社の「World Giving Index」によると日本人のボランティア活動時間は139ヶ国中73位。
震災等災害の時こそ多くの人がボランティアに参加するものの、普段はあまりボランティアに積極的な国民とは言い難く、ボランティアに対する知識・理解も深いとは言えません。

むしろタダ働きが嫌いだからこそ無給、さらに交通費などが自費という点にもこれだけ大きな拒否反応が出るのではないでしょうか。
ボランティア事情への知識もあまりないため「専門性の高い仕事はボランティアにさせてはいけない」といった思い込みも生まれるのではないかと思います。

  • エンブレム、国立競技場などの問題による運営側への信頼の低さ

また五輪エンブレムや新国立競技場などの問題が起こる中で組織委員会を始めとした運営側への不信感が高まったことも原因の一つではないかと思います。
エンブレムについては審査が出来レースめいたものだったのではないかという疑惑が生まれ、新国立競技場の建設問題では当初の予定に反し莫大な費用が掛かることが判明、国民から反感を買いました。
大会全体の運営費も元々3千億や7千億と言っていたものがいつの間にか2兆、3兆と膨らんでいることが判明、こうした問題が続く中で政府や組織委員会を信用出来ず、一部の人間の利益のために都合よく利用されるんじゃないかと疑心暗鬼になっているのではないかと思います。
これについては更に不信感を煽るようなことがないよう関係者の人達に真摯に頑張ってもらうほかありません。

重要なのは人が集まるかどうか リオでは条件の悪さから1万人のボランティアが失踪

上で書いたように、僕は基本的には双方が納得しているなら無給だろうと経費が自腹だろうといいんじゃないかと考えています。

そもそもなんのためにボランティアするのかという話になりますが、それは例えば人からの感謝だったり、自分の経験を活かしたい、スキルを磨きたい、単純に楽しそうだから等、人によってそれぞれ異なるものの、基本的に金銭は謝礼があっても二次的なものに過ぎないはずです。
そもそも金銭を目的としたものではないのに金銭面での条件がどうこう言う意味はあまりなく、それでも申し込むだけの価値があるとその人が思えばそれでいいわけです。

下の本のように3大会もボランティアをやっているという人すらいるわけで、当人が赤字でも参加したいと言うのであれば、赤の他人がそれを殊更否定する必要もないでしょう。

そう考えると結局の所このボランティア募集の条件が妥当だと言えるのかどうかは、計画通りの人数が集まるか否かに尽きるのではないかと思います。
募集を上回る応募があるのであれば条件設定は適切だったと言えますし、逆に全く足りなければ運営側の見通しが甘かったということになります。
リオオリンピックでは5万人のボランティアのうち、1万5千人が長時間労働と食料不足が原因で期間中に辞めてしまいました。
そうしたことなくきちんとボランティアが集まって大会をつつがなく終えることが出来れば成功と言えますし、人が集まらなかったり多くのボランティアから不満が出ればどこかしらに間違いがあったということです。

一点気になるのは東京オリンピックに関してはリオ、ロンドンと比べてもボランティアの募集人数が多いということ。
ロンドン9万人弱、リオ5万強に対して大会、都市ボランティア合わせて11万人ですからかなりの人数です。
東京はロンドン、リオと比べ面積、人口共に大きいのでボランティアの数が増えてもおかしくはないのですが、元々数千億だった予算がいつの間にか1兆2兆と膨らみ、国民の批判が高まって予算圧縮の圧力が掛かるようになったという経緯を考えると、予算を節約するために都合よくタダで人を使おうとしてるんじゃないかと疑う気持ちが起こるのも理解は出来ます。

運営の思惑がどうあれボランティアが集まればいいですが、既に述べたようにあまりボランティアに熱心とは言えない日本で果たしてそれだけの数が集まるかどうか。
先の「World Giving Index」のボランティアでイギリスは28位、ブラジルは20位。
オリンピックボランティアは開催国だけでなく世界中から応募があるものの、多くを占めるのはやはり開催国の国民です。
元々あまりボランティアに積極的でない国民性に加え、オリンピック運営への不信感。予定通りの人数が集まるかは微妙な所です。

長野オリンピックでは公務員が半ば義務的に動員されることもあったそうですし、高校や大学に対してボランティアに参加できるよう授業時間をずらすよう政府が要請、やはりネットからは「学徒動員」などと猛批判がなされています。

どちらかと言えば僕は今回のボランティア募集を擁護する立場ですが、それはあくまでボランティアが条件を理解して希望した上で参加することが前提です。
参加したい人にとっては滅多にない機会ですから授業の日時をずらすくらいならまあいいかなと思いますが、例えば単位と引き換えなどなにかしら強制性を伴うものになりはしないかという心配はあります。
公務員ならまだ給与が出る分仕事の一環と考えればいいですが、もし給料も貰っていない学生を半強制的に動員するようなことがあれば「やりがい搾取」「タダでこき使う」と言われてもしかたないでしょう。
組織委員会にはあくまで当人の自由意志を前提にしてボランティアを集めて欲しいと思います。

まとめ

  • 過去の大会と条件に特に差はない
  • 批判の多くは的を射ていない感情的なものが多い
  • 批判の背景にははボランティア文化が浸透していないことと、運営への不信感があると思われる
  • 問題はリオやロンドンより多くのボランティアを集められるか

というわけで過去の大会とも比較しつつ、東京オリンピックボランティアの条件が本当に言われているほどひどいものなのか考えてみました。
結論としては特別劣悪な条件とは言えず、今の批判はちょっと行き過ぎていると感じました。
とはいえちゃんと人が集まるのか、半強制で学生を動員したりしないか、リオのようなトラブルが発生しないか等不安もあります。
ボランティアが参加してよかったと思えるような大会になってほしいですね。

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