相撲協会は女人禁制という”伝統”とどう向き合うべきか

大相撲の女人禁制の文化が大きな話題となっています。
発端は4月4日、毎鶴市での巡業中に市長の多々見良三氏が挨拶中に倒れ、医療関係者の女性が救命を行っていたところ「女性は土俵から降りてください」とのアナウンスがなされたことです。
人命よりしきたりを重視するかのような対応に批判が殺到、相撲協会の八角理事長が不適切な対応だったとして謝罪するに至りました。
その後海外メディアも報じる所となり、また相撲協会は緊急時の対応の誤りは認めたものの女人禁制自体を改めるつもりはないとしており、かねてより力士間の暴行事件など不祥事が続いていることもあって協会への批判は今も収まっていません。

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日本中を巻き込んだ論争となっていると言ってもいい今回の事件を受けて、相撲協会はこれからこの女人禁制というしきたりとどう向き合っていくべきか考えてみたいと思います。

二つの論点

まずこの問題は①人命に関わるような緊急時でも伝統を貫くべきか、②女人禁制というしきたりそのものを廃止すべきか、という二つの論点があるように思います。
まず①に関しては議論の余地はないでしょう。八角理事長自ら謝罪しているように、今回のような緊急時にはしきたりや伝統より人命を最優先すべきという点ではほとんどの人が一致しているはずです。
アナウンスをした行司も動転していたのかもしれませんし、相撲協会としても誤りを認めている以上次からちゃんとすればいい話です。
問題は②。これに関してはこの際女人禁制自体なくすべきという人と、今回のような場合を除き伝統は維持していくべきという人で意見が割れているようです。

このような両論に板挟みにあって、相撲協会はどうすべきでしょうか。

意外に歴史の浅い伝統

既に方々で言われていることではありますが、この女人禁制という伝統、意外にその歴史は浅く確立されたのは明治の頃、つまり出来てから100年かそこらとされています。
大相撲自体確立されたのが明治なので当たり前ではありますが、大相撲以前にはそんな決まりはありませんでした。
それもあって反対派は女人禁制の掟をなくすべきだと主張しています。

ではこの女人禁制のしきたりは一体どんな理由で作られたのでしょうか。
その辺りの経緯は『相撲における「女人禁制の伝統」について(吉崎祥司、稲野一彦)』に詳しく書かれています。

この記述は、日本の史書に初めて「相撲」という
文字が登場する例として知られている。相撲は女
人禁制であるとされるが,その相撲が初めて史書
に登場する場面が,采女による女相撲であること
は注目に催する。相撲は場所を選ばずどこでもで
きるものである。采女も雄略天皇に呼ばれ,その
場で着替え,その場で相撲をしたようである。

相撲と神道が古くから関わりがあったのは確かなようですが、一方で史書における相撲の最も古い記述は女性による女相撲だったというのです。
人気の浮き沈みや、時には見世物的に軽く見られるようなこともあったようですが、その後も江戸時代に至るまで女性は土俵に上がってきました。
江戸時代には女性が観戦禁止となることはあったものの、それは当時の相撲観戦ではしょっちゅう喧嘩が起こっていたからという安全上の理由で、実際安全性が確保されていれば女性にも解放されていたようです。

そもそも伝統の根拠とされている神道にしても元々は女人禁制という風習はありませんでした。
確かに神道では「死」や「血」を穢れとして遠ざける習わしがありましたが、女性は月経があるとはいえ常に出血しているわけではないですし、男性でも血を出すことはあります。
ですから生理中の女性にしても一定期間隔離するだけで女性そのものを遠ざけるという風習はありませんでしたし、だからこそ女相撲のような催しも成立したと言えます。

それがどういう経緯で大相撲に女人禁制のしきたりが生まれたのでしょうか。
先述の通り、直接的な起源は明治時代に遡ります。
この明治時代というのは、相撲が最も危機に瀕した時代でした。
江戸時代の大名は有力力士を囲って生活を支援していましたが、明治維新によって大名が消滅。
更には文明開化に伴って、半裸で取っ組み合う姿は文明国のものではない、欧米に見られれば恥になるといった理由で相撲そのものが存亡の危機となりました。
明治天皇が相撲を贔屓にしていたことから難を逃れましたが、それでも寺社仏閣境内での興行を禁止されるなど厳しい状況にあり、そのような中で女人禁制の文化も生まれました。
論文の筆者はその理由を次のように推測しています。

相撲が女性を差別した理由としては,相撲(取)
の地位確立という目的がやはり第一に挙げられる
であろう。江戸時代に行われていた盲人と女性に
よる合併相撲などの醜悪さは,相撲が地位を確立
するためには大きな妨げになったはずである。女
相撲を容認してしまうと,盲人と女性による合併
相撲の醜悪さが明るみに出てしまう可能性があ
る。合併相撲の様態は,先にも触れたが,少なか
らず盲人に対しての民衆の差別的な感情を煽って
おり,差別を助長する働きがあったと言っても過
言ではない。この歴史的事実は,生き残りや地位
向上を図りたい相撲界にとっては,強い逆風で
あっただろう。相撲界は女人禁制を取ることで,
人々の意識から“醜悪な相撲”が消え去ることを
期待したのではないだろうか。

また,相撲の地位確立に関して,外国の目を強
く意識していたことも忘れてはならない。(中略)
女性が土俵上で“取っ組み合う”様子は,
文明国家のものではないと考えられたのだろう。
近代化・文明開化を図る日本の視点と相撲界の思
念が合致したことも,女人禁制が進められた原因
の一つであろう。

宗教と古くから関わりがあったとはいえ、相撲は見世物的に一段低く見られがちな興行でした。
更に明治維新による大名という保護者の喪失、西洋文化の流入に伴う相撲禁止論などかつてない危機を迎え、相撲界として生き残るためにそれまでの見世物的な存在から脱し、一つ格上の高尚な存在となる必要がありました。
行き過ぎた欧米賛美の反動として生まれた国粋主義の高まりもあって、自らの生き残りを懸けそれまで以上に神道や天皇との関わりを強調し、そのブランディング策の中に女人禁制も含まれていたのでしょう。

そう考えるとこの女人禁制というのは宗教や伝統というよりは一種のマーケティングであったと考えられます。
入れる対象を限定することで高級感を演出するという手法はそう珍しいものではありません。
明治の頃に存亡の危機を迎えた相撲が100年以上経っても隆盛を誇り、元は自称に過ぎなかった「国技」という肩書きもかなり定着するまでになった現状を見るとそれらのマーケティングの結果は大成功と言えるでしょう。
当時と今では価値観も違いますし、当時の相撲界にしてみれば生きるか死ぬかの中で必死でやったことですからそのことを責めることは出来ません。
マーケティングということで言えば現代でもレディースデーや、ミュージシャンの男性(女性)限定ライブなど見ようによっては差別的な手法もあり、それらがある程度容認されている以上相撲ばかりを責めるのもフェアではないでしょう。

相撲協会の取るべき方策

とはいえ、今後も角界がこのしきたりを続けていくべきかどうかとなると話は別です。
まず大相撲を管轄する相撲協会は一般企業ではなく税制優遇を受けている公益財団法人ということもありますし、更に重要なのはこのマーケティングが現代でも有効なのかという点です。
この騒動の広がりの大きさを見てもわかるように、現代は女性の権利というものに非常に敏感な時代です。
そんな中頑なに女人規制を守り続けても伝統による高級感の演出よりも、「相撲は差別的で頭が固いおかしな業界」と思われてしまうイメージダウンの方が大きいのではないでしょうか。
その伝統が言うほど古くもなく、宗教的な根拠にも乏しいとなれば尚更です。
先述の通り、元々神道自体にも女人禁制といった決まりはありませんでしたし、神事としての相撲も女性との関わりが深いものでした。
仮に今大相撲で女人禁制を廃止したとしても明治より更に昔の伝統に立ち返るだけで、伝統を捨てたり軽視するということにはならないはずです。
それに、相撲ファンにとってそれほど女人禁制、というか神事としての側面は重要なことなのでしょうか。
僕自身相撲ファンではないので確かなことはわかりませんが、明治の頃と比べ日本人の信仰心はずっと薄いものとなっていますし、多少は関係あるにせよ相撲ファンが相撲に魅力を感じているのは古くからのしきたりではなく取り組みの内容や力士のキャラクター性といったスポーツとしての
側面なのではないでしょうか。

相撲と神道との関わりが古くからあったのは確かで、女人禁制を廃止したからといって神事の側面が否定されることにはなりません。
世の流れに逆らってまで維持しなくてはいけないことなのか、角界関係者には一度冷静に考えて欲しいと思います。
女人禁制自体が当時の時代の流れに合わせて作られたものだったのですから、今また時代に合わせて伝統を作り直してはいけない理由はないはずです。

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