ブラック労働を批判するメディアがブラック労働を助長している皮肉 ー長時間労働の本当の原因ー

2018年に入って働き方改革法案の議論が始まっていましたが、裁量労働制に関する厚労省のデータに誤りがあったことを発端に野党やマスコミからの批判が殺到、安倍首相は裁量労働制部分を法案から削除することを余儀なくされました。
そうなると今度は野党とマスコミの攻撃対象は高度プロフェッショナル制度へと移り、いっそう議論は激しくなっています。

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連日法案について与野党の攻防が続いているわけですが、どうも全体的にピントがずれているような印象がしてなりません。
そもそも裁量労働制は別に労働時間を縮めるためのものではありません。
法律上企業は労働者の勤務時間を把握することを求められていますが、勤務時間がはっきり決まっておらず、正確な時間管理が難しい職種もあります。
そういった場合にあらかじめ労使で定めた時間働いたとみなして、固定で残業代を支払うことも認めるという制度です。

労働時間の長短を趣旨とした制度でないのにもかかわらず労働時間が延びるという論点で批判をする野党もずれていますし、それに乗って誤ったデータを基に短くなることもあると反論した与党もやはりずれています。
個人的には裁量労働制の対象になった所で、全体としてはさほど増えも減りもしないと考えています。(個別に見れば話は別です。)
残業を減らすための制度ではないのだから労働時間の長短を問題にして批判をするのはおかしい、長時間労働の是正については残業時間の上限規制で対処している、とでも答えておけばよかったはずです。

マスコミもまた政権にダメージを与えるまたとないチャンスとばかりに批判を強めています。
特に朝日、毎日新聞の2社などは裁量労働制は労働者を苦しめるだけの悪魔の制度と言わんばかりの批判ぶりですが、こうしたマスコミの報道にも違和感を抱きます。
というのも、当の両新聞の記者職などは典型的な裁量労働制の適用例だからです。

マスコミの労働環境

こちらは口コミサイト『カイシャの評判』の朝日新聞の社員・元社員による書き込みです。

多くの職種で、「残業」という概念がそもそも給与体系になく、「職務手当」のかたちで固定額になっている。実態としては、「勤務時間」という概念もなく、新聞製作に必要な人数が、必要な時間働き続けるという労働体系だ。勤務時間の長短も、部署や担当内容によって極端に異なり、たとえば社会部事件担当なら、午前5時出勤、帰宅は2時か3時過ぎ。家では着替えてシャワーをするだけで、睡眠は移動中のタクシーと記者クラブでの午睡だけ、休みは月に1日の休刊日、という激務となる。

 

どこまでが仕事で、どこからがプライベートか区分けが難しい職種が多いため、残業代や残業時間はどんぶり勘定になってしまいます。仕事に投入する時間が多かったからといってそれに見合う残業代が支払われるかどうか不透明です。

見ての通り、まさしく裁量労働制そのものですね。
実際の所、朝日や毎日に限らず読売新聞でも似たようなものでしょうし、更に言えばテレビ局でも事情は大体一緒です。
これは記者という仕事の性質上、例えば飲食店のように予め営業時間を決めてきっちり決まった分だけ働くような働き方が出来ないからです。
突発的に事件が起きることもあるでしょうし、記事の内容や取材対象等によってもかかる時間は変わってくるでしょう。
裁量労働制というのはまさにこうした、どこからが仕事でどこまでがプライベートかはっきりしないような仕事のために出来た制度です。
新聞社が裁量労働制を採用するのは別に間違ってない、というか働いている当人すら勤務時間がはっきりわかってないような仕事で時間単位の労務管理をすることに無理がありますし当然のことでしょう。
ただ対象の範囲や制限についてはともかく、自分たちが裁量労働制を利用しておきながら制度そのものが問題だと印象づけるような報道をするのはいかがなものでしょうか。

記者が忙しいのは裁量労働制ではなくその仕事内容に原因があります。
裁量労働制が出来たのは1988年の法改正からですが、それ以前の記者がゆとりある働き方をしていたなんて話はまるで聞きません。
裁量労働制をやめた所で殺人犯が記者の勤務時間に配慮してくれるわけでもありません。

そもそも裁量労働制にせよ高度プロフェッショナル制度にせよ、国によって多少ルールに差異はあれど欧米では普通に導入されています。
しかし日本のように過労死や長時間労働が問題にされることはほとんどありません。(アメリカはヨーロッパと比べ勤務時間が長くなる傾向がありますが。)

つまり、日本には裁量労働制や高度プロフェッショナル制度と関係なしに過労死や長時間労働が頻発する要因があるということです。
仮に両制度の拡大・導入で問題が起きるとして、他国では問題なく機能するのに日本ではそうならない原因をこそまず問題にすべきではないでしょうか。
それをおざなりにして両制度ばかりが槍玉に挙がっている現状には違和感を覚えます。

長時間労働の原因は日本型雇用

社員の勤務時間が長くなれば、当然そのしわ寄せは家事の負担はその配偶者へと向かいます。
普段厳しく長時間労働を批判し、家事をしない夫を批判する朝日新聞からして自ら長時間労働を助長し、夫(妻)から家事をする時間を奪っているわけです。
2016年には部下の出退勤時間記録を勝手に上司が書き換えるという驚きの不正を行い労基署から是正勧告を受けてもいます。(朝日新聞が決して報じない「朝日新聞の長時間労働」問題 週刊現代)

NHKもそういった社会問題を大きく扱う一方で、2013年に女性記者が過労死で亡くなっています。

別に僕はここでこれらのメディアを糾弾したいわけではありません。
あれだけ批判をする以上長時間労働は良くないことだと考えているはずなのに現実は真逆になってしまう、その理由はなんなのかということです。

では日本特有の問題とは何なのか。
先ほど記者が忙しいのは仕事内容が原因と書きましたがもう一つ原因があります。
単純な話ですが人手が少ない、ということです。
仕事の性質上その不規則性がなくなることはないでしょうが、単純に労働時間を減らすだけならより多くの人間でローテーションを回せば一人あたりの労働時間は簡単に減ります。
しかし現実にはそうなっていません。

有給はこちらの希望通り、100パーセント取得可能な点がありがたい。

 

残業はほぼなく、定時上がりは主婦にとってとても良い。経理なので月1?2日だけ、平均20分程度の残業しかない。

これもカイシャの評判に投稿された書き込みです。
打って変わってゆとりある印象の職場ですが、実はおなじ朝日新聞の口コミです。
違うのは上が正社員による書き込みであるのに対しこちらは非正社員によるものだということです。
つまり朝日新聞は労働者をいたずらに酷使する悪徳企業ということではなく、根本には雇用形態の差があると言えます。
そもそも非正規労働者の労働時間に関しては世界的に見ても決して長くはなく、日本の長時間労働とはもっぱら正社員の問題です。
ではなぜこのような差が生まれるか。
それは終身雇用を中心とした日本特有の雇用慣行にあります。
日本企業は繁忙期の際にあまり人手を増やさず、残業を増やすことで対応する傾向があると長らく指摘されています。
というのも終身雇用の下では正社員は景気が悪化しても解雇できない、あるいは解雇するのに多大なコストがかかるのでどうしても人を増やすのに慎重にならざるを得ないからです。
実際にはいまだに終身雇用を維持する企業はさほど多くないのですが、朝日を始めとした新聞社は典型的な終身雇用を守っている古いタイプの企業です。
新聞社に限らず大企業ほど終身雇用の傾向が強く、このことは大企業ほど人手不足と言われる現在でも正社員の採用を中々増やそうとしないこと、大企業ほど残業が増える傾向があることからも裏付けられます。

実際、日本IBMの訴訟では裁判所が社内の服務規程を無視する、頻繁に遅刻欠勤を繰り返すなど、社員の勤務態度に問題があったことを認めながらも解雇無効の判決を出していますし、朝日新聞でも関連団体で酒に酔って上司のパソコンをかかと落としで破壊した職員への解雇が無効とされています。
これは例えば社員に目立った問題がなくてもあっさり首になるアメリカではまずありえない判決で、それだけ日本では企業の解雇が認められるハードルが高いということです。
OECDのデータを根拠に日本の解雇規制はそれほど厳しくないという声もありますが、それは解雇を無効にするのに裁判に訴え出る必要があるため結果的に中小企業の解雇のハードルが下がっているため企業全体で見るとそう見えるというだけで、大企業に限れば世界屈指の厳しさだと思います。

こういう事情があるので例えば朝日新聞では、余剰人員を削減するために年収40%の最大10年分を一括支給するという条件で、40歳以上の早期退職者を2016年に募集しました。
これは朝日新聞の給与水準だと5000万円から7000万円にもなりますから莫大な金額ですね。
似たような早期退職者制度はフジテレビなど他の大企業もやっています。
この制度では多大なコストがかかるのはもちろんですが、会社にとって残って欲しい優秀な人ほど出て行って、他に行く当ての無いような社員ほど残ってしまうリスクがあります。
そういったデメリットの大きい手段を使ってでもリストラせざるを得ないほど、高齢の正社員を抱え込むことは企業にとってコストが大きいということです。

単純に給与や福利厚生にコストがかかるのもそうですが、会社にとって役に立たない社員でもリストラするのにこれほどの苦労を強いられるのです、大企業が正社員の雇用に慎重になるのも当然と言えるでしょう。
優秀な人にとっては必ずしもそうではないですが、仕事が出来ない正社員にとっては都合がいい制度だと言えます。
長時間労働に我慢さえすればほぼ解雇になることはなく、それなりに高い待遇で過ごすことが出来ます。
長時間労働や転勤、配置転換を黙って受け入れる代わりに雇用を保障されるのが終身雇用を中心とした日本型雇用です。
これだけ使い勝手が悪いと、大企業が正社員を増やさずコストが低い上に容易に解雇出来る派遣社員を増やすのは当然です。
長時間労働や非正規労働については企業ばかり責められる傾向がありますが、どちらも正社員の雇用を守るためという側面がある以上正社員にも
相応の責任があります。

労働時間に話を戻すと、こういう事情があって大企業は正社員を増やすに増やせず、最低限の人員で仕事を回すために長時間労働が常態化しているということです。
本気で労働時間を減らそうとするなら終身雇用、日本型雇用そのものに根本からメスを入れなければいけないはずですが、そうはならず枝葉の議論ばかりヒートアップするというのがここ10年ほど日本で続いてきた流れです。
働き方を変えなければ、と言いつつその実日本型雇用に守られている大手メディアの社員にとっては現状を変えられては困るのでわざと見当違いな方向に世論を誘導している、と言ったら邪推のしすぎでしょうか。
いずれにせよ表面的な議論ではなくより本質的な部分に世の中の目が向くことを期待します。

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