ノーベル賞作家カズオ・イシグロの長編小説『わたしを離さないで』(カズオ・イシグロ)

2017年10月5日

今回は海外小説、『わたしを離さないで』について。
2010年に映画化され、昨年には日本でもドラマ化されたような有名作品なので改めて紹介するまでもないかも知れませんが、せっかく読んだので。

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作者のカズオ・イシグロ氏はイギリスの作家ですが、その名の通り日系人で、イギリス最高の文学賞であるブッカー賞を受賞しています。
『わたしを離さないで』はその6作目の長編小説になります。

内容

優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設へールシャムの親友トミーやルースも「提供者」だった。
キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度……。
彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく。

 

内容についてですが、基本的に僕はレビュー記事を書く時は序盤の流れくらいでネタバレはしないんですが、この作品の場合ネタバレしないで紹介・感想を書くのが難しい。
本の後ろの解説でも同様の悩みが書かれていました。

そのネタバレというのは物語の根幹に関わる設定なのですが、設定としては重要でもそれはただの舞台装置としてであって物語を理解し味わう上では先に知っても大した支障はありません。
実際この小説やドラマ版の紹介では普通に書かれているものもあります。
が、あくまで事前にネタバレをされたくないという方もいると思うのでここでは書かないことにします。
感想の方もあまり詳しく内容には触れられなくなりますが、気になる方は自分で手に取ってください。

 

独特な語り口

ネタバレになる設定についてですが、それ自体は大して物珍しいものではありません。
似たようなものはSF系の作品にいくつもあります。
この作品がユニークなのはその話の進め方です。

あらすじにある通り主人公のキャシー・Hが生まれ育った孤児院のような施設、ヘールシャムでの回想を語っていく所から小説は始まります。
特に大事件が起きるわけでもなく、どこの子供にもあるような思春期の思い出が淡々と語られていきます。
しかしキャシーの語りが進むうちこのヘールシャムとその子供たちのどこか不自然な所、ちぐはぐな所が顔を出していき読者を不安な気分にさせていきます。

重要な設定についても比較的早めに、その淡々とした語り口そのままにあっさりと語られます。
スターウォーズで例えるなら「私がお前の父だ」(バァーン!)ではなく、「ああそういえばダースベイダーがルークの父親なんだけど」と、さらっと明かされる感じです。
読者にとってはとても重要でおかしく感じられることでも、キャシーにとっては言うまでもない当たり前のことで、それがかえってキャシーの置かれた状況と世界の
異常性を浮き彫りにしています。
最後までジェットコースター的な展開やどんでん返しはなく、救いがないとも言える結末へと向かっていきます。

この設定は現実的にはありえませんが、テーマの一つとも言える「科学技術の急速な進歩とそれに伴う旧い人間性の喪失」は現代社会にも普遍的に見られるもの
です。
作者も現代社会の比喩としてこの作品を描いた部分があるのでしょうし、そこに現実の何を投影するかは読者によるでしょう。




リアルな心情描写

もう一つこの作品の優れた点はその心情描写にあるでしょう。
主人公キャシーの視点を通して描かれる少女の感情はとてもリアルで、同じ年頃の少女が書いているのではないかと思えるほどです。
それによって荒唐無稽な所もあるこの作品にリアリティを与えています。

 

一般的なエンタテイメントよりは文学寄りの作品ですし、翻訳小説特有の文体の堅さもあるので結構人を選ぶ所があるかもしれませんが、
質の高い小説には違いないと思います。

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