変わった村を自然体で語る 『さよなら、カルト村』(高田かや)

2017年7月20日

今日ご紹介する本は高田かやさんの『さよなら、カルト村』です。
漫画ではあるのですが内容はフィクションではなく高田かやさんの前半生が書かれたコミックエッセイです。
ちなみに買った時は気付かなかったのですが、これは続編で1作目に『カルト村で生まれました。』という作品があるようです。
僕は前作を読んでませんが、2作目からでも問題なく読めました。
内容はタイトル通り高田かやさんがカルト村と称される『村』を出るまでの話となっています。

スポンサーリンク

肯定的でも否定的でもない等身大の経験談

読んだ感想としてはカルト村という仰々しいタイトルからすると予想外に普通、というか自然体の姿が描かれていたことです。
もちろんその村自体は慣習やルールにおいて一般社会とはかなりの隔たりがあります。
しかしその中で暮らす高田さんの目を通して書かれた子供達はつまみ食いをしたり、喧嘩をしたり、大人に反抗心を抱いたりと外の子供と変わらないんだなという印象を抱きました。
普通こういう特殊なコミュニティや宗教団体を題材にした本というのは、どうしても何かとんでもない所なんじゃないかという先入観を持ったり批判者としての目線や可哀想な被害者の目線で描写がなされるものですが、この本はあくまでその中で普通に暮らしていた少女の視点で描かれているのが特徴であり面白さでもあります。
恐らく作者の高田さんは村をカルトとかとは思っていないんじゃないかなと思います。(実際カルト村というタイトルは担当の編集者が付けたそうです。)

村の様子

あくまで子供の頃の高田さんから見た姿なので断片的ではありますが、まとめると大体こんな感じです。

  • 小さい頃から子供は親元を離れて育てられ、会うのは年に数回
  • 大人と子供は別々に暮らし、世話係と呼ばれる大人と子供だけで暮らす
  • 図書館に行ったり好きな本を読んだり音楽を聞いたりできない
  • お小遣いはなし、自分のお金を持つこと自体禁止
  • 中学校までは一般の学校に通うが農作業など村の労働を手伝うため部活などは禁止
  • 一般の学校とは別に初等部、中等部、高等部があり進学するには試験に合格する必要がある
  • 中等部からは男女別に生活する
  • 日記の提出や世話係とのミーティングがある
  • 恋愛禁止
  • 体罰は当たり前
  • 財産は共有

見てわかる通り、かなり自由を制限されていますね。
村の理想としては原始共産主義的なものを目指しているのかな、という印象を受けます。
あとてっきり村だけで社会が完結しているのかと思っていたので意外だったんですが、義務教育は普通に受けるんですね。
恐らくはあくまで法律は守った上で自分達の理想を追求したいということなのかなと思います、いくら独自のコミュニティを築いているといっても日本にある以上は最低限の法律は守らないと存在を維持できないということでしょう。
現に中学までは行っても高校には通いません。

こう箇条書きにすると僕たちの感覚だとネガティブに見えてしまいますが、あえてプラス面を探すとこういう少人数で固まって監視も厳しい環境だと例えばいじめなどの問題は起こりにくいんじゃないかと思います、実際は知りませんが。
体罰に関しては中高年の芸能人やスポーツ選手がテレビで肯定的な発言をしているようにかつては一般社会でも当たり前だったようですし、今も全くないわけではないですから必ずしも村だけのこととは言えないかもしれません。

ただこういう制約の多い中でもそれぞれ興味を持つものや趣味は違っていたり、禁止されていてもこっそり異性と付き合ったり、お金を隠し持ったりとあれこれ知恵を働かせて大人の目を盗もうとする子供の個性やたくましさが垣間見えて微笑ましくもあり面白かったです。
自分の子供の頃を振り返ってもそんな素直に大人の言うことを聞きはしなかったですからね。洗脳といっても従順な子ばかりではのも当然かもしれません。

この村がどこのことなのか、その全体像等はネットで調べたらすぐ出てくるのですが、長くなりますし本筋とずれますのでここでは触れず村については肯定も否定もしません。



村を出るまで

丁度オウム真理教による地下鉄サリン事件が起こった影響で一般社会からのバッシングが激しくなり、一般社会と折り合うため村全体が変わることを余儀なくされます。
労働に休日を入れたり、お小遣いが貰えるようになったりと村が目に見えて変わっていく中で作者の高田さんは自分が一番したかったことを考え、いよいよ村を出る決意をします。

その時気付いた自分の一番の望みには個人的に身につまされました。
高田さんはそれを”そんな些細なこと”と書いていましたが僕は決して些細なことなんかじゃないと思います。
それをここで書くのも興ざめなので気になる方はご自分で読んでみてください。

では私たちの社会はカルトではないのか

ここでいうカルトは厳密な定義ではなく洗脳をしたり、なんか怪しげなことをやってる怪しい集団という大雑把なイメージです。
ネットにある高田さんへのインタビューを読むとどうもその村のカルト振りを本人の口から引き出そうとしたり、レビューもその村の異常性を強調したようなものが見られました。
しかし、ここがカルト村だとするなら果たして僕たちの住む社会はどうでしょうか。
『村』ほど極端ではないですが自由の制限はありますし、教育というものには多かれ少なかれ洗脳的な要素が含まれてきます。
例えば日本をカルト的と思う外国人がいるかもしれないし、逆に我々が見たらカルト的に見える外国特有のものも必ずあります。
一方で恐らく村の人達は自分たちをカルトなんて思っておらず、その暮らしが普通と感じているわけでそうなると僕たちの社会と本質的な違いはあるのか、向こうがカルトで自分たちの社会の方がまともと言い切れるのか、など色々と考えさせられました。
結局は絶対的な正しさがない中で構成員が考え、議論を重ねて常に疑いを持ちながらよりよい社会を目指していくしかないのかな、と思います。

日本にある異文化という感じで単純に読み物として面白いですし、自分達の社会を見つめ直すきっかけにもなるのでおすすめです。是非。

 

スポンサーリンク